誰が誰に恋してる?

「今日はなんだか賑やかになりそうね」
「そうですね。こんなのは久しぶりですねぇ」
嬉しそうに、もどかしそうにお玉が言った。それに続いて影太郎が言う。
秋の終わり頃、骨休めにお玉は影太郎と一緒に伊豆の温泉に来ていた。
その日、同じ宿の同じ部屋へ、他にもう3人泊まりに来ていた。
お玉は「せっかく影太郎と二人きりだと思ったのに」という気持ちと、久々に沢山の仲間とワイワイ出来るというわくわくしてる気持ちの二つで複雑な気分でいるのだ。
実はお玉と影太郎はその3人のうちの2人、加代、おきんに昼間会っていた。


その日の昼近く、伊豆で金を稼ぐために加代は江戸でやっていた“何でも屋”稼業をしていた。
「よし!次はすぐそこの家の大掃除の手伝いだね・・・」
何でも屋ののぼりを持ってそう言いながら歩いてた加代に突然女がぶつかってきた。
「わ!」
「ごめんよ!」
「こぉらぁ〜〜!気をつけなぁ〜!」
「・・・・・・」
加代はなんとなく嫌な予感がして、ふっと自分の懐を探ってみる。
『・・・ないっ!あたしの財布!・・・あ、あの女だ!!』
「こら〜!あたしの財布返せ〜〜〜!!」
加代の財布をスッた女が驚いて逃げる。
その女と加代が走ってた道で男女の二人連れが歩いてた。影太郎とお玉だ。
何でも屋ののぼりを持ちながら走る加代が叫ぶ。
「ちょいと〜!そこの二人〜!その女を捕まえておくれ〜!スリだよ〜!」
「え?スリ!?」
影太郎が何とか捕まえようとちょっと意地悪をして足を片方出した。
走る勢いが止まらずそのままその足にひっかかって転ぶ女スリ。
「いったぁ〜〜・・・」
「あぁ・・・すみません。痛かったですか。でもスリはいけませんよ」
女スリの肩をつかみながら言う影太郎。
「フン!どこにあたしがスリだって言う証拠があるってんだい!」
女スリが言う。加代がその場に着いた。
「何言ってんのよ!さっきあたしの財布をスッたじゃないか!」
女スリが加代に振り返った瞬間、のぼりを見て驚いた表情をした。
「・・・・・・もしかしてあんた、何でも屋の加代さん?」

「え?なんであたしの名前・・・」
「・・・・・・八丁堀って言ったらわかるかい?」
「・・・・・・・・・あ!もしかしてあんた、鉄砲玉のおきんさん!?そうか・・・あたいも八丁堀からあんたのことは聞いたことあるよ!」
続いておきんが言う。
「そしてそっちが大道芸人の影太郎さんにお玉さん」
「・・・驚きましたね。皆さん中村さんに関わったそれぞれの同じ稼業の仲間で、しかもこんな所で出会うなんて・・・」
4人はいろいろ話したかったが加代は何でも屋の仕事があったし、おきんも今金に困っていたためお詫びに加代の仕事を手数料付きで手伝うことにした。
そんなわけで「またどこかで会えたらいいな」とそのままそれぞれ別れたのだった。


しかし夕方、同じ宿で再び4人ともう一人が偶然にも顔を合わせた。
「太郎さん、この宿だよ」
お玉が言う。
二人がその宿に入ると見慣れた顔が一つ見えた。
「政さん!」
お玉が呼ぶと政は振り返り、驚く。
「あれ?おめぇ達旅か?」
「そうよ。二人で骨休めにね・・・」
そして小声で
「裏の仕事も当分来なそうだしね・・・」
「ところで政さんこそどうしたのよ?こんな所で」
声を戻してお玉が聞く。
「前、京に用事があるって言っただろ?それの帰りだよ」
話しながら宿帳を影太郎が書こうとすると宿の人から「今日は泊まり客が多いので相部屋で・・・」と言われた。
そんなわけで結局政と同じ部屋になったのだ。
しかし3人が部屋に入るともう二人増えた。
「すいませんよ。おじゃまします」
と言いながら入ってきたのはなんと加代!それに続いて入ってきたのはおきんだった。
「あれ!?昼間のお二方じゃないですか」
影太郎が驚いて言う。
加代はその言葉に答え、その直後政を見て驚いていた。
「あんた政じゃないか!久しぶりだね〜!」
「加代!どうしたんだよ?こんな所で・・・」
「いやね、江戸を出て今旅の真っ最中だろ?ちょっとこれがヤバくなってきてさぁ。
ちょうど伊豆にいるし、ここなら江戸や京ほどじゃないけど稼げるだろ?だから2,3日ここで商売やろうと思って・・・」
指でカネの形を作りながら加代が答える。その後お玉が喋りだす。
「あ・・・そうか。そういえばあんたたち、昔組んで仕事したことがあるって言ってたね」
そしてふとお玉がおきんの方を見てみた時、彼女は何かがわかったというような顔をしていた。
お玉はそれが何なのか気になり、おきんが見ている方向を見てみるが加代が政に楽しそうに喋ってる光景だけだった。
『何なのかしら・・・?』

そう思いながらお玉が言った。
「今日はなんだか賑やかになりそうね」


「・・・・・・加代さんってさぁ・・・、政さんが好きなんだね」
温泉にちょっと遅くなってから入ったからかお玉、加代、おきんの3人の他に入ってる客は誰もいなかった。
あの後ずいぶん時間が経ってから3人で入っているのだが、いきなりおきんがお玉と湯につかりながら加代にそう言った。
体を流して湯につかろうとしていた加代が足を踏み外しそうになる。
そして真っ赤な顔して加代が否定する。
「そっ・・・そんなわけないじゃないっ!あんなぶっきらぼうな男・・・」
言いながら加代は湯につかる。
「いいや、絶対そうだね。さっき見ててすごく嬉しそうだっただろ?」
「嬉しそう・・・って・・・そりゃ久しぶりに会ったんだもん。嬉しいに決まってるじゃないか」
「違うんだよ〜。そういうのとは顔が。それに結構お似合いだったけど?」
『あぁ、それであの時おきんさんは何かがわかったような顔してたんだね』
そう思い、お玉はちょっと気になり口をはさむ。
「でも加代さんって政さんが花屋だった頃同居してたんでしょ?やっぱり一つ屋根の下で暮らしてれば感情がわかないなんてことはないんじゃないのかい?」
「そうそう。
でもそういうあんたはもっとわかりやすいよ〜。お玉ちゃんは影太郎さんに惚れてるんでしょ?」
おきんがお玉もひやかしだす。
「なっ・・・何言ってんのよ!そんなわけないじゃない!ただあいつは極楽とんぼで世話が焼けるから・・・」
「何言ってんだかぁ。あたしがさっき太郎さんに冗談でちょっかい出したら焼きもち焼いてたくせにー」
「だっ・・・だって・・・それは・・・」
「本当だ。お玉ちゃんってわかりやす〜い」
加代が笑いながら言う。
おきんが続ける。
「あたしも昔そうだったよ・・・。あいつ今頃どうしてんだか・・・。
でもねぇ・・・どんなに恋をしたってあたし達は裏稼業の人間。惚れたはれたなんて言えないんだよねぇ・・・・・・」
苦笑いして言うおきん。加代も寂しげな表情になってうなずく。
「・・・・・・そうなんだよねぇ。世の中がもっと良くなればあたし達も裏の稼業なんてやらずにすむのに・・・」
そんな二人の言葉にお玉はなんとなく不安な気持ちになってしまった。
『恋をしてはいけない・・・か・・・。・・・じゃあ・・・このまま一緒にいたらあたしは絶対もっと好きになる・・・。あたし、あの人の前から消えた方がいいのかな・・・』


夜中、皆が寝静まりかえってる頃、お玉はお風呂での会話が気になっていて眠れずにいた。
それに気づいた影太郎が隣りの布団で寝ていたお玉に小声で声をかける。
「あれ?どうしたんですか?お玉さん。眠れないんですか?」
お玉もそのまま影太郎とは反対方向を向いた状態で答える。
「・・・ね?もしあたしがそのまま太郎さんの前からいなくなったらどうする?」
「は?何言ってんですか?」
笑いながら言う影太郎。
「まじめに答えて!」
1瞬きょとんとした影太郎だったがすぐにしっかり口調で答える。
「そうですねぇ。大事な人ですし、心配ですから探しますよ」
「え?」という顔になって影太郎の方を見るお玉。
「表と裏の仕事の大事な相棒ですから。お玉さんは」

がっくりするお玉だったが影太郎が言葉を続ける。
「もしかしてお玉さん、私と仕事をするの嫌になりましたか?」
「え!べつにそんなことはないよ!あたしにとって太郎さん程仕事のうえで気の合う人はいないと思ってるんだから」
「ならそれでいいんじゃないですか?」
お玉の顔が笑顔になっていった。
「・・・ありがとう。太郎さん・・・」
「元気がでましたか?・・・あ、私もお玉さんほど仕事のうえで気の合う人はいないと思ってますよ」
「うん!」
笑顔でうなずくお玉。
「じゃ、おやすみなさい。お玉さん」
「おやすみ。太郎さん」


次の日の朝。
宿の前で、同じ部屋で一晩過ごしたみんなが別れを惜しんでいた。
おきんはまた放浪の旅を続け、加代はまだこの伊豆でもう少し金稼ぎ、政は江戸へ帰り、お玉と影太郎はまだもう少し先まで旅をし、江戸へ帰るのだ。
「じゃ加代、元気でな。お玉達も気をつけて行けよ。おきんさんも」
「うん!政さんもね!」
加代が返し、
「はいはい、行ってきますよ」
影太郎も返す。
「さぁて、あたしも行こうかな。加代さん、あんたと商売出来て楽しかったよ。あんたとは気が会うからもしかしたらどこかで会えるかもね」
「うん、そうだといいね。・・・きっと会えるよ」
うなずき、今度はお玉へ言葉を続けるおきん。
「お玉ちゃんもね」
お玉もうなずく。
「じゃあね」
おきんが後ろを向き、手を振りながらさって行く。
「そういえばお玉ちゃんって昔便利屋やってたんだったよね?もしいつか会ったら一緒に商売しようよ。あたし達が手を組んだらきっとうまくいくよ」
加代がお玉に声をかける。
「うん・・・。でも太郎さんと仕事してる間はこのままのつもりだから・・・」
ニヤッとする加代。
「わかってるわかってる!いいね〜!お似合いで・・・」
ひやかす加代。お玉が焦る。
「もうっ!加代さんったら!」
「でも本当にいつか一緒にやろうね」
「うん」
「じゃ、あたいも行くよ。じゃあね!」
加代がその場から去っていく。
「・・・皆さん、行っちゃいましたねぇ。私達も行きますか」
影太郎が言う。うなずくお玉。
歩きながらお玉が影太郎に話かける。
「太郎さん・・・昨夜(ゆうべ)はありがとね・・・」
「いえ、やはりお玉さんは元気な方がいいですからね」
『・・・・・・何にもわかってないんだから』
そう思いながらいきなり立ち止まって影太郎の後姿をジト目で見るお玉。再び歩きだす。
『でも、嬉しいよ。そうだよね。気が合うんだもん。このままでいいんだよね。無理して別れることなんてない・・・』
「よしっ!せっかくの骨休めだ!江戸に帰るまで楽しみましょ!太郎さん!」
「はいはい」
返す影太郎。
嬉しそうに影太郎と歩くお玉であった。

                           完

ノベルズ7段。ほとんどお玉が主役な話です。おきん、加代、お玉の共演を書きたくて書きました。
お玉が出るならどうしても影太郎を出したくて出てもらいましたが、そこで完全に話が思い浮かばなくて困りました。
そんなわけで「風雲竜虎編」の世界へ加代とおきんに出てもらいましたが、それでもお玉視点で書きたかったのでますます思いつかなくて苦労でした(^_^;)
今回お玉が出るなら影太郎も・・・と書いたものなので少しお玉に悩んでいただきました<(_ _)>
ちなみに本音を言うと、私は「風雲竜虎編」の中では影太郎が好きなのでもっと出したかったです(汗)

何でも屋創作ノベルズへ戻る

inserted by FC2 system