やさしさ

今は冬。今日の江戸の町はかなり寒く、早朝からしんしんと雪が降っている。
文十郎は清兵衛のところへ何か仕事がないか聞きに行こうとマフラーを首に巻き暖かい格好をし、外を歩いていた。
そこへ数人の浪人に追いかけられている女が文十郎に助けを求めてきた。
「お侍さま!助けて下さい!悪いやつらに追っかけられてるんです!」
歳の頃は30そこそこ。なかなかの美人だ。
女を追いかけてた浪人達が文十郎と女を囲う。
「やい!その女を渡してもらおうか!」
「その前に、お前さん達がこの人を追っかけてる理由を聞こうじゃないか」
たじろみ、無言になる浪人達。
「言えねえのか?じゃあ、渡せないね」
「なんだとぉ!」
刀を抜いた浪人達が文十郎に迫る。
腕のいい文十郎は数人の浪人達をバッタバッタとなぎ倒していったのだった。
「お・・・覚えてろ〜!」
浪人達が捨てゼリフをはいて走り去っていくと同時に文十郎は、
「覚えてられるかい!」
と、笑いながら返したのだった。
「おい、大丈夫。いっちまったよ」
文十郎が女の方を振り向き言う。
「・・・ありがとうございます。・・・・・・ックション!!」
「おいおい、大丈夫かい?今日はそんな格好じゃ寒いだろうよ。ホラ、これ貸してやるよ」
文十郎が女の首に自分が巻いてたマフラーを巻きながら言う。
今日は少しでも厚着をしなければならない程とても寒いのだ。しかし見れば女は普通に着物を着てるだけだった。
「・・・すいません」
「あれ?あんたなんだか顔赤いけど・・・・・・」
文十郎は女の額に手をあてる。
「おいおい!熱があるじゃないか!どうりでふらふらしてるわけだ!俺の家、すぐそこだから一緒に来なよ」
「い・・・いいですよ!単なる風邪だし、そんなことくらいで・・・」
「いいんだよ。そんな体じゃつらいだろ?遠慮するなって」
笑顔で答える文十郎だった。


「じゃあお前さん、自分の名前が“加代”ってこと以外何も覚えてないのかい?・・・ってことはさっきの浪人達に追いかけられてた理由もわからないわけか・・・」
家に帰ってきた文十郎は部屋を温かくして加代を敷いた布団に寝かし、生姜湯を作っていた。
そして加代の体を起こしてやり、出来た生姜湯を渡す。
「ありがとう・・・。うん・・・、気がついたら崖の下にいたの。何か大事なことしてた気がするんだけど・・・。
自分の家も思い出せないし、どこへ行ったらいいかわからなくて昨日からずっと歩き回ってたところにあの浪人達に追いかけられて・・・」
「お〜!寒っ!文さん、いるかい?」
突然文十郎の家に平内が戸をあけて入ってきた。
「一緒に酒飲もうと思ってな!酒持ってき・・・・・・あれ?お客さんかい?」
「お!平さん!平さんにも紹介するよ。加代さん。なんだか熱があるみたいでつらそうだったからここへ連れてきて看病してやってるんだよ」
「ほ〜・・・なかなかのべっぴんじゃねえか。・・・お吉さんが見たら焼きもち焼くぞ〜」
ひやかす平内。
加代はその瞬間「え?」という顔をし、寂しげな顔をした。
「おいおい、ひやかしっこなしだよ。平さん。
加代さん、この人は俺の友達で辻平内」
おじぎする加代。
「さ、あとはゆっくり寝てるんだ」
文十郎は加代を再び寝かし布団をかけてやる。
そして加代が寝たのを確認し、平内に事情を話す。
「じゃあ彼女はどこの誰だかわからないのか・・・」
「・・・・・・・・・・・・」

「どうしたんだい、文さん」
「うん・・・ちょっとな、浪人達に追っかけられてたことが気になってな・・・」
「平さん、ちょっと頼まれてくれないかい?」
「おう、いいよ。なんだい」


「うん、熱は引いたみたいだな」
あれから二日後、やっと加代の風邪が治りかけたようだ。おかゆを持ってきた文十郎が加代の額に手をあてて言う。
「すいません。ずっと世話かけちゃって・・・」
加代があやまる。
「いやいや、いいんだよ。どうせ妹のしのも友達と京へ遊びに行っちまって当分俺一人だし。別に記憶が戻るまでいたって全然かまわないんだよ」
「文さん、いるかい?」
またまた平内が突然文十郎の家の戸を開けて入ってきた。
「お、いるよ。なんだい」
「ちょっとな・・・」
平内が目で指図し、二人共外へ出る。
平内が最初に口をひらく。
「一応わかったぞ。加代のこと。長屋で“何でも屋”をやってる。金にがめついとこはあるが人はいいらしい。ただ他にも何かありそうなんだよ。そこがはっきりしないんだ」
「何でも屋・・・・・・・・・・・・」
「どうする?文さん。そのはっきりしないところも詳しく調べるかい?」
「いや、いいよ。もしかしたら・・・・・・・」
「しかしいいよなぁ・・・、文さん。あんな美人と一つ屋根の下・・・。俺が看病したいよ。
あ、そうだ。文さん、明日裏の仕事で集合だと」
二人が外に出てる間、加代は外に出た二人の会話も気になったが、それより文十郎のことを考えていた。

こんなに人にやさしくしてもらったのは久しぶりのような気がしていたのだ。
しかし二日前に平内が言っていたお吉という名前がよぎる。
加代は自分で自分の気持ちと、お吉という人が文十郎とどんな関係なのかなんとなくわかっていた。
なんだか悔しくてもどかしくて、頭まで布団をかぶったのだった。


次の日の夜、文十郎は加代が寝たのを確認して静かに家を出た。
しかし風邪がほぼ完全に治った加代は文十郎が外に出たことに気づき、なんとなくついていけば自分のことを思い出す気がして文十郎に気づかれないようについていった。
一度清兵衛のところへ行き、しばらくしてまた外へ出た文十郎と平内。
そのまま、ある廻船問屋へ向かう。
その道の途中でその廻船問屋の主人とどこかのお武家様らしき侍が文十郎達とすれ違おうとした瞬間、
文十郎と平内が同時に動きだす。
次の瞬間、平内は店の主人の額にキセルを刺し、文十郎は侍を斬っていた。
加代は影でじっとその光景を見ていた。
『・・・・・・・・・・・・。殺し屋・・・・・・。そうだ、あたしは・・・・・・』
「誰だ!!」
平内が叫び影に隠れてた加代の元へ走り、逃げようとした加代の手を掴む。
真剣な顔で振り向く加代。
「かわいそうだが掟だ。殺しを見たやつには死んでもらうよ」
加代が口を開こうとしたのと同時に平内のキセルを持った手があがる。
「待った!平さん!」
平内と加代が同時に文十郎の方を向く。
「情報屋の“何でも屋の加代”。平さん、その人はご同業だよ。加代さんも今ので自分が誰なのか思い出したんだろ?」
「え!?こんな綺麗な女が!?」
驚く平内。
「・・・・・・あたしも聞いたことがある。助け人の中山文十郎と辻平内。
なんだい。文十郎さん、あたいを知ってたのかい。そう・・・今ので全部思い出したよ。あんた、いつあたしの正体に?」
「昨日平さんが家に来ただろ?その時平さんからあんたが何でも屋をやってるって聞いた時だよ。
前に聞いたことがあったんだ。江戸にいるという同じ稼業の情報屋で“何でも屋の加代”という名前を。
前、浪人者に追われてたのもその関係だったんじゃないのかい?」
「そうだよ・・・。ちょっとどじってあの浪人達に斬りつけられかけて崖から落ちたんだ。
・・・って、え?じゃあ文十郎さん、あたしが今夜あんたをつけてたこと気づいてたのかい!?」
「あぁ」
「なんで・・・」
言いかけた加代の言葉を無視して文十郎が答える。
「あの時、大事なことしてた気が・・・って言ってたからな。俺達の殺しを見ればたぶん全てを思い出すと思ってね」
加代が黙る。顔を少し赤らめていた。
「・・・・・・じゃあ、あたしのために・・・?」
「そうだよ。だってよ、やっぱり自分が誰だか思い出したいだろ?」
「そりゃ・・・ね。・・・・・・・・・・・・ありがとう。あんたって・・・やさしいね・・・」
加代の顔がますます赤くなる。
「・・・・・・って、オイ!俺もいるんだぜ!?二人共、俺の存在を忘れないでくれよ〜!」
最後に平内がぼやいていた。


朝になり目が覚めた文十郎はいつも着てる着物に着替えた。
文十郎が不思議がる。
前の日に着物の裾が少し破けてたのだが、その部分が縫われているのだ。
「おはよう!文十郎さん!」
昨夜自分の家に帰った加代が満面の笑顔で文十郎の家の戸を開ける。
「あれ?加代さん。どうしたんだい?」
「うん・・・・・・ちょっとね・・・。今までのお礼をしたくて・・・。でもあたい何も出来ないから・・・。その着物を昨日、直してあげたんだけど・・・」
「あ、じゃあ加代さんが裾の破れを・・・?」
「うん・・・。でもなんだかそれだけじゃ足りなくて・・・・・・」
照れながら加代が喋る。
「え・・・?」
「あたいにやさしくしてくれてありがと!記念だよ!」

加代が文十郎の頬に口付けをする。
その直後、すごい剣幕で戸が開く音がした。お吉だ。
「文さん!誰なんだい!この女!」
どうやら今の瞬間を戸の隙間から見ていたようだ。
「お・・・・・・お吉!」
文十郎が焦る。
「さぁて、誰かしらねぇ・・・・・・」
「おいおい!加代さん!そんな意味深な言い方するなよ!」
「あんたって人はあたしと言う者がありながら〜〜〜!」
下べらを出しながら歩き出す加代。
「じゃあねぇ。文さん」
加代が文十郎に振り返って手を振り、出ていく。
「“文さん”・・・だってぇ〜〜!?あんたいったいあの女と何があったのよ〜〜!」
「くっそ〜・・・。平さんの言ったことが本当になっちまったなぁ・・・」
呟く文十郎。文十郎はお吉をなだめるのに苦労するのだった。




ノベルズ第4段。
今回は前半の「助け人走る」が舞台で、文十郎が主役です。・・・というか文さん×加代ですね。
文さんと平さんに、加代も共演した小説を書いてみてほしい・・・というリクエストがあって出来たノベルズです。
一応「助け人」の舞台に仕事人もいるという設定にしました。・・・って言ってもこの小説には一言も“仕事人”という言葉は出てきてませんけどね(^_^;)
文さん、平さんに加代を絡ませるのに私はどうしても平さんより文さんと絡ませたかったんですね。
「助け人」で鮎川さんがゲストで出た時は平内との絡みしかなかったので。
それでこういう形になったのですが、考えてる最中に浮かんでたのはどうしても平さんと加代だったんです。そういう意味でもなかなかいいものが浮かばなかったですね。
でもなんとか思い通りのノベルズが出来上がりました。
・・・・・・そういえばこの小説も加代の淡い恋心が描かれてますね(笑)どうやら文さんに恋してほしかったらしいです(笑)・・・私、ギャグって書けないのかなぁ?(^_^;)
本当は最後のお吉と加代の対面はさせたくなかったのですが、オチが欲しかったので対面させちゃいました☆

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