過去からの約束と願い

「お団子、お饅頭いかがですか〜!月見団子、串団子、あんこたっぷりな饅頭、いろいろあるよ〜!」
「お団子下さい」
「毎度!何にしましょう?」
今は秋。そして月見の季節だけあって団子がよく売れる。
何でも屋である加代はここ2〜3日団子兼饅頭屋を道端で開いていた。
そこに少し髪がもさもさした、歳の頃は加代と同じくらいの男が加代の前に立った。
「おうっ、ねえさん!ここの団子と饅頭全部俺が買ってやるよ」
加代はあっけにとられた不思議そうな顔をしてその男の顔を見上げた。
「よっ!加代!久しぶりだな!」
「??」
「おいおい俺を忘れたのかぁ〜?そりゃないぜ〜」
男はにっか〜とした笑顔を見せた。加代はその笑顔に見覚えがあった。
「・・・・・・もしかして・・・平ちゃん?」
「お〜!覚えててくれたのか!」
「やっぱり平ちゃんだ!わ〜!久しぶりだね〜!」
二人は何十年ぶりかにあった知り合いのようだった。


「あれれれ!?おばさん、どうしたんですか?珍しく男の人なんか連れてきちゃって」
加代は自分が平ちゃんと呼んでた男とげんべえ長屋に帰ってきた。それと同時に、隣りの家にいる順之助がたまたま外に出てきた。
「“珍しく”だけ余計よっ!この人はね、平助っていってあたしの幼なじみなのよ」
「平ちゃん、こっちは医者のたまごで万年受験生の西順之助。なんの因果かあたし、こんなばかなガキの親代わりやらされててねぇ。も〜、大変よ」
「“万年”だけ余計ですよ!それに・・・お金もらっといてよく言いますね〜!」
加代は「フンッ!」と顔をそらした。
3人は加代の家の中に入っていた。
「平ちゃんはね、あたしの家の裏に住んでて毎日のようによく遊んだのよ。ね?平ちゃん。
確かあの頃はあたしたち、まだ十にもなってなかったっけ?」
「そうそう。まだ七つか八つだったかな。そういえば、あの頃俺がお前にやった京人形、お前大事そうに持ってたんだよな。おとっつぁんと行った京で買ってきたやつ」
「え!おばさんが人形〜・・・・・・」
順之助はにやにやした顔で加代を見る。そんな順之助を加代は無視した。
「そういえばあの人形、見つかったのかい?
あたしせっかく平ちゃんからもらった大事な人形、はずみで川に落としちまってずっと泣いてた。平ちゃん、そんなあたしに『絶対見つけ出してやる』って何日も探しに行ってくれて・・・。
でも平ちゃん、それっきりいなくなっちまうんだもん。あの時、まさか川で溺れちまったんじゃないかってすごく不安だったよ。
でもあの川で溺れた子供がいたって話は聞かなかったから、平ちゃんどうしちゃったんだろうって・・・。
本当にあの時どうしちゃったんだい?」
平助はギクッとした顔をした。順之助はそんな平助の顔をちゃんと見ていて不思議に思った。
「あ〜・・・あの時な・・・。ちょっとな・・・。あ!それより加代。覚えてるか?」
「え?何を?」
「俺が、お前を将来嫁にしてやるって言ったことだよ!」
「えぇえぇぇ〜〜〜!?」
順之助が大げさに驚く。加代は顔面真っ赤になってあせっていた。
「そっ・・・そういえば平ちゃん、そんなこといってたっけ。本気だったの!?よ・・・よくそんなこと覚えてるわね〜・・・」
「おう!俺ぁいつでも本気だよ。今でもそのつもりだ」
「ええぇぇぇえええぇぇぇぇ!!!」
順之助がさらに大げさに驚く。加代はそんな順之助をにらみ
「あんた大げさに驚きすぎなんだよっ!」
と、言った。
結局順之助は加代に追い出されてしまったのだった。


「加代に許婚?」
「そうなんですよ!平助っていう幼なじみらしいんですよね。もうびっくりしちゃいましたよ!
あんなに簡単に『覚えてるか?お前を将来嫁にしてやるって言ったこと』なんていうんですからね〜。
しかもあのおばさんをですよ〜」
順之助は加代に追い出された後、勇次の家に来ていた。
「ま、世の中いろんな男がいるもんさ」
「おばさんもどうやらあの平助さんを好きみたいなんですよ。でもほんとおばさんどうするつもりなんだろ?平助さんは本気みたいだけど・・・。」
そこに勇次の三味線屋の前をあの平助が通ったのを順之助がみつけた。
「・・・・・・あ!勇次さん!あの人ですよ。おばさんの幼なじみの・・・」
「・・・へぇ〜・・・なかなかの男前じゃ・・・」
勇次の言葉が止まった。勇次の顔が真剣になる。
「おい、ぼん。あいつの足元見てみろ」
「足元?」
見ると平助が歩いた後、水びたしの足跡がずっと後についていた。
「濡れてる・・・。水の中にでも入ったんでしょうか?」
「ばか言え!よく見てみろ!あいつの足は全然濡れてないだろ」
見ると確かに平助の足は全く濡れていない。それなのに水の中から出てきた直後の時のように水に濡れた足跡が平助の歩いた後についているのだ。
順之助は、平助が加代に人形を探しに行ったきり戻ってこなかったのはどうしてだと聞かれた時“ギクッ”とした顔をしたのを思い出す。
「・・・まさか!」
「おいおい!ぼん!どこ行くんだよ・・・!」
勇次の言葉も聞かず順之助はそのまま三味線屋から飛び出していった。


平助が加代の前に現れてから4日たった。
その間平助は毎日加代の家に来ていた。加代は平助に何度か、今何の仕事をしてるのか聞いたが答えてはくれなかったのだった。
4日目の朝も平助は加代の家に来ていた。
「はい平ちゃん、おにぎり」
「おうっ!毎日ありがとな。お世辞抜きでお前の作るにぎり飯は最高だよ」
「そっ・・・そう?・・・ごめんよ、おにぎりばっかで。確かに最近稼ぎはあるんだけど、女一人生活していくのはなかなか大変なのよ。今ここでお金を使っちまうとちょっとやばくて・・・」
加代は苦笑いしながら言った。
「いいんだよ。お前の愛情さえこもってれば」
「ま・・・ま〜たそんなこと言っちゃってぇ・・・」
照れる加代。
「それにしてもお前、ケチにはなったけどやさしいところは昔から全然変わってないな」
「そう?」
「おう。だって俺以外の男にも何かあったら気にしてやってたじゃないか。あ、女にもやさしかったか。
俺はお前のそういうとこに一番惚れたんだ」
「平ちゃん・・・・・・」
加代はなんとなく嬉しかった。
「でもいいの?こんな何回もこんなとこ来て・・・。仕事とかいろいろ大変だろうに・・・」
「大丈夫だって!それに時間がある時は少しでも多くお前に会いたいんだ。
・・・・・・・・・今日で最後かもしれないしな」
突然小声になり、平助の顔が寂しげになる。
「へ?なんか言った?」
「いや、なんでもねぇ。じゃ、いってくるわ」
「うん、いってらっしゃい」
平助は加代の家から出て行く。
そのやり取りを外で聞いてた順之助は加代に本当のことを言おうか迷っていた。


夕方近くになり本当のことを言う決心をした順之助が加代の家の戸の前に立った。
「おばさん、いますか?」
団子売りから帰ってきたばかりの加代はすぐに戸を開けた。
「なんだい?」
「ちょっと中へ・・・」
加代を中へひっぱていく順之助。
「なんだい!急に!」
部屋に座る二人。
「いいですか、おばさん。落ち着いて聞いて下さい」
「何よ」
「平助さんのことなんです。実はあの人・・・・・・おばさんの前からいなくなったあの時にもう死んでるんですよ」
加代はきょとんとする。
「・・・・・・・・・・・・は?何言ってんのよ。ちゃんと毎日あたしんとこ来てるじゃない。あれは幽霊だっていうの?」
「う〜ん・・・幽霊っていうか・・・まぁ、そんなとこでしょうか・・・」
「なぁに言ってんだよ。幽霊だったら触ることだって出来ないはずだろ?ちゃんと触れたもん。それにもしあの時死んでたならおかしいじゃないか!
あたしたちの会った平ちゃんはちゃんと大人になってるんだよ!」
「そうですけどでも僕、こんな話を本で読んだことがあるんですよ!死んでしまった人間が過去にしたどうしても果たしたい約束を果たすために
約束した相手のもとに現れた前例があるって・・・!
僕、見ちゃったんです。おばさんに人形のこと聞かれてギクッとした平助さんの顔と、平助さんの歩いた後の足跡が濡れてるのを・・・。
たぶん平助さんは・・・おばさんの大事な人形を探してて何かのはずみで・・・・・・」
加代の顔が戸惑う。
「・・・うそだ!そんなわけないでしょ!変なこと言わないでよ・・・!平ちゃん、泳ぎは得意なんだから・・・!」
「おばさん!」
「あ〜!もう出てっておくれ!これからあたし、晩御飯作るんだから!」
加代は順之助を追い出した。
追い出したものの、平助の今日の様子のおかしさと最後に言った言葉が気になって心配になってしまった。


「確かこの辺だったのよね・・・。あの時人形を落としたのって・・・」
加代は自分の中の胸騒ぎと、順之助の言ったことが気になって昔人形を落とした川原に来た。
『まさか・・・ねぇ・・・。大丈夫・・・よね』
しばらく平助を探し回っていた加代の顔が強ばる。川原の木の下でぐったりしている平助を見つけたのだ。加代は平助のもとへ走り寄る。
「平ちゃん!平ちゃん!」
今にも泣き出しそうな加代が平助を抱き起こす。
平助の手にはあの日加代が落とした京人形があった。
「あぁ・・・加代・・・。よかった〜・・・。このまま会えなかったらどうしようと思ったよ・・・。ほら、人形見つけてやったぞ・・・」
平助は加代に人形を差し出す。平助を抱いたまま差し出された人形を手に取る加代。
その人形は濡れてはいるもののなくした時のまま綺麗な状態だった。
「平ちゃん・・・じゃあやっぱりあの時の約束を果たすために・・・?」
「なんだ・・・ばれてたんだ・・・。加代、ごめんな。嘘ついてて・・・。でもさぁ・・・どうしても見つけ出してやりたかったんだ。加代の悲しい顔は見たくなかったんだよ」
「平ちゃん・・・」
「・・・あの日お前に絶対人形を見つけ出してやるって・・・毎日川の中を泳いで探してたんだ・・・。深みがあるとこで人形を見つけたんだが急に・・・足がつって・・・。
だんだん沈んでいくのがわかった・・・。目の前が真っ暗になって・・・・・・もうだめだと思った・・・。
でもどうしてもお前にこの人形を渡したい・・・!そう強く考えて・・・気が付いたらこの姿でこの時代にいた・・・。
団子売りをしてたお前が加代だって・・・すぐわかったよ・・・。それでお前に声をかけたんだ・・・。
でも俺が沈む前に見つけた人形は俺の手元になかった・・・。時間がないのはすぐわかった。やっぱり今日が最後だったみたいだな・・・。
でもどうしても人形をみつけたくてこの4日間・・・またこの川を探してたんだ・・・。やっと見つけたんだぞ・・・。
どうだ・・・?加代。嬉しいだろ・・・・・・?」
「・・・うん!うん!嬉しいよ。ありがとう・・・!ごめんよ!あたしなんかのために・・・!」
泣き出す加代。
「そんな顔すんなよ〜・・・。・・・あ〜あ、とうとうもう一つの約束は果たせなかったなぁ・・・」
「もう一つの約束?」
「会った時も言ったろ・・・?お前を俺の嫁にしてやるって・・・。あ〜・・・俺の思った通りにこんなに綺麗になったお前を嫁にしたかったな・・・。
でももういいんだ・・・。こうなった以上俺の今の願いはこうやって最後まで加代のそばにいることだ・・・・・・。
・・・・・・へへっ・・・加代の胸の中・・・やわらかくてあったかいな・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・平ちゃん?・・・平ちゃん!」
平助は動かなくなってしまった。
そして加代の腕の中にいた平助と加代の手にあった京人形がだんだんと姿を消して、完全に姿形が消えてしまった。
しかし平助が消えた後加代の手は濡れており、平助の温もりがちゃんと残っていた。


平助が消えて少したって暗くなりかけた頃、順之助が加代のところに来た。
加代のことが心配になり探しに来たのだ。
順之助は木の下でひざを抱えてふさぎこんでる加代を見つけた。加代が泣いてるのはすぐにわかった。
そんな加代を見るのは順之助もなぜかものすごくつらかった。
「・・・おばさん・・・元気出して下さいよ!こんなことで落ち込むなんておばさんらしくないですよ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・うるさい!何も知らないガキは黙ってな!」
そのままの格好で加代が怒鳴る。
「・・・・・・・・・・・・」
順之助はこれ以上なぐさめの言葉が見つからず黙るしかなかった。
しかししばらくして、ひざを抱えたままだったが意外にも最初に喋りだしたのは加代だった。
「・・・ひどいよ・・・・・。こんなのひどいよ!平ちゃんがいなくなったあの時からずっと心配してたんだ!
でもきっと平ちゃんは生きてるって・・・!大丈夫だって・・・!そう信じてたのに・・・!やっと会えたと思ったのに・・・!
どうせ現れるならあの時現れてほしかったよ・・・・・・!今度は永遠の別れだなんて・・・ひどすぎるよ・・・・・・!」
「・・・・・・でも加代さん、平助さんが果たしたかった約束は果たされたんでしょ?
最後の願いはたぶん加代さんのそばにいることだったんじゃないですか?
二つ共果たされたじゃないですか。大好きな人の願いが叶えられたのって嬉しいことだと思いませんか?
それに最後まで一緒にいたんですから、姿形はなくても平助さんは加代さんの心の中に生きてますよ」
『心の中・・・・・・』
加代は頭の中で言った。
ほんの少し“しん”として加代がその後パッと立ち上がり順之助に背を向け、また喋りだす。
「・・・・・・そうだよね・・・。ぼん、さっきは悪かった・・・。もう大丈夫だよ・・・。帰ろ・・・」
順之助が立ち上がり二人は川原からはなれた。


次の日、加代と順之助はまたあの川原に来ていた。
加代は持っていた花を川に流す。
「・・・ぼん、昨日はありがとよ。あんたになぐさめられるなんて思わなかったよ」
苦笑いをする加代。
「・・・でも確かおばさん、あの時子供が溺れたって話は聞かなかったって言いましたよね。
ってことは平助さんはまだこの川のどこかに沈んでるんですよね・・・。冷たいだろうな・・・」
「ぼん・・・そういうこと言わないの!またつらくなるじゃないか・・・」
「あ・・・すいません・・・」
「・・・フッ・・・いいのよ。そう思ったからまたこうやってここに来て花を流しに来たんだ・・・。
それに昨日あんた言ったじゃないか。平ちゃんはあたしの心に生きてるんだよ」
「・・・おばさん・・・もう大丈夫ですか?」
「あぁ・・・大丈夫。
さっ!今日も元気に稼ぐぞ〜!ぼん!あんたも手伝うんだよっ!」
「えっ!?困りますよ!僕は勉強があるのに!」
「何言ってんの!今のあんたの勉強はあたしの手伝いなんだよ!」
「え〜!それ、わけわかんないですよ〜!」
二人はいつもの調子で言い合っていたのだった。

                                  完


ノベルズ第3弾!・・・・・・やっぱり恥ずかしいです・・・(^_^;)しかも珍しく恋物語(?)
書いてて思ったんですがやっぱり私ってこういう深い話が好きなのかな〜?とか思ってしまいました。
すごく悲しい結末ですが、本当はいい結末にしたかったんですけどね・・・。でも思いついた話がこれだったので結局こういう結末になりました。
しかしすぐ泣く私は、書いてて自分で泣きそうなっちゃいましたよ(爆笑)
今回は「IV」が舞台。加代主役の話ですがコンビとして順之助をたくさん関わらせました。
で、お詫びなんですが今回は挿絵を描くのをやめました。いろいろ描く場面は思いつくんですが、
なんか今回のはない方が雰囲気出そうなので・・・。

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