「嬉しい」ということ、「悲しい」ということ

「はぁ〜・・・。誰もいないわ・・・。許せないわぁ〜。混浴風呂だっていうから楽しみにお風呂へ来たのに・・・」
「ちょっと、おしま!物見遊山に来たんじゃないのよ!」
「わかってるわよぉ」
加代とおしまは木更津の温泉にいた。
元締の所から仕事の繋ぎに来て早速江戸に帰ろうとしたのだが、手違いによって足止めを食ってしまったのだ。二人は温泉に入っている。
「・・・おしま、あんた本当に相変わらず体のお肉がたっぷりね〜」

加代がおしまに憎まれ口をたたく。
「まっ!許せないわぁっ!・・・」
おしまが続けて加代に文句を言おうとする間に加代が喋りだす。
「さっ!とっとと出るわよ」
「ちょっと!待ちなさいよ!まだ話は終わってないわよ!」
脱衣所へ向かう二人。先に脱衣所に入った加代が異変に気づく。
「ちょっと!あんた何してんの!?」
よく見ると十一、二歳くらいの女の子が加代の着物をあさっており、その手にはお金にすればそこそこになる加代のかんざしがあった。
その女の子が加代の声に驚き振り向く。逃げようとする女の子。
「ちょっと!待ちなさいよ!!」
どなる加代。
しかし、女の子が脱衣所の戸を開けるとたまたま宿の女中が戸のそばにおり、中の様子を聞いたのかその子を捕まえた。
女中が脱衣所の中にいる加代に話しかける。
「このかんざしの他に、何かこの子に盗られましたか?」
「・・・え?あぁ・・・大丈夫みた・・・」
女の子の顔を見ながら不思議な感覚にとらわれた加代は、とっさに言った。
「あ・・・いえ、別に何も盗られてないみたいです。あたしの勘違いだったみたい」
「ちょっと加代。何言ってんのよ。あのかんざしあんたのでしょ?」
横からおしまが口を挟む。加代は小声で「いいの!」と答えた。
「・・・え?でもこの子が持ってるかんざし・・・」
「いや、どうやらその子が持ってるのを自分のと勘違いしたみたい。あたし、おんなじ物持ってるから・・・」
笑いながら答える加代。
女中は「そうですか・・・」と答え、「くれぐれも掏摸や盗人に用心して下さいね」と言って立ち去っていく。
女の子は逃げる気配も見せずその場にちょっと驚いた様子で立っていた。
着物を着ながら女の子に話しかける加代。
「そのかんざし、あげる。いいよ。持っていって」
それを聞いた女の子は無表情でそのまま立ち去っていってしまった。
「ちょっと加代、まずいんじゃないの?もし変なことにでも巻き込まれたら・・・」
「・・・まぁ・・・そうかもしれないけど・・・なんだか気になるのよね。あの子・・・」
「・・・ほ〜ら始まった。加代、おせっかいはほどほどにしなさいよ」
「わかってるわよ・・・」
とは答えたものの、どうもあの女の子のことが気になって仕方ない加代だった。
『あの子・・・どこかで見た・・・というか、誰かに似てる気がするのよね・・・』


次の日の朝、加代とおしまは宿を引き払い江戸に向かっていた。
「・・・ちょっと、加代。気づいてる?」
「ええ、誰かが付けて来てるわね」
「・・・・・・」
二人は角を曲がって物陰に隠れる。自分達の後を付けてきた人物が走って加代達のいる物陰まで近づいた。
「・・・あれ?昨日の子じゃない」
加代が言った。そう、加代達を付けてたのは昨夜加代のかんざしを盗もうとした女の子だったのだ。
「ちょっと・・・」
物陰から出て女の子に話しかける加代。同時におしまも出てくる。女の子が加代の前で立ち止まる。
「いったいどうしたの?あたし達の後について来て・・・」
無表情なまま女の子が答える。
「・・・・・・あたし・・・おねえさんとおばさんと一緒に行こうと思って・・・」
「ちょっ・・・!許せないわぁっ!誰見ておばさんって言ってんのよ!」
加代は、横から口を挟むおしまを無視して女の子と喋る。
「一緒に・・・って・・・、お父さんやお母さんは?」
「・・・いない。・・・・・・二人共あたしが小さい頃死んだの」
おしまが続ける。
「・・・そう、それは寂しいわね・・・。でも自分の家はあるんでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・」
「あるんでしょ?」
おしまの質問には答えず、突然女の子が加代に抱きつく。
「・・・・・・あたし、これからおねえさんと一緒にいる!」
「・・・え!?一緒にいる・・・って、それは困るわよ!」
加代は同様する。
女の子は無表情なまま喋る。
「いいでしょ?おねえさんと一緒にいればきっとあたしが今何が嫌で何が欲しいのかわかる気がするんだもの」
「・・・・・・何が欲しいかわかる気がする?」
「ちょっと加代!どうすんのよ。だから昨日言ったじゃない」
「そんなこと言われても・・・。・・・つれてくしかないんじゃない?」
「あんた本気なの!?こんなことみんなが知ったらどうなるかわからないわよ!」
加代は何かに気づいたらしい。しかしそのことは言葉には出さなかった。
「・・・でもほっとけないじゃない」
仕方なく二人はその女の子、おくみを連れて帰ることにした。


加代とおしまは無事上総屋に到着したが、その上総屋は仕事人の集合場所。次の日には主水におくみを連れて来たことが知られてしまった。
おしまがおくみを連れて外出していて、加代しかいない上総屋に主水が来ていた。
「「あの子を育てる」!?本気か?」
「本気よ。ある程度の歳だし、大丈夫よ・・・」
「・・・・・・加代、おめぇのことだ。またおせっかいの虫が騒いだんだろう」
「・・・・・・お願い。まだはっきりしてないの。いつかちゃんと話すから今はまだそっとしておいて」
「・・・・・・・・・・・・。
・・・それはそうと大丈夫なんだろうな?」
「・・・・・・たぶん」
「「たぶん」じゃ困るんだよ。・・・もしも知られることになったら・・・・・・」
「わかってる。細心の注意はするわ」

「元締には?話したのか?」
「ううん、まだ。元締に話すのも、もう少しはっきりしてからにしようと思って」
主水は表情を変え、「そこまで言うなら仕方ねぇ。ま、せいぜい頑張ってあの子を育てるんだな」と言って上総屋を出て行った。
その少し後におくみをつれたおしまが帰ってきた。
「ちょっと加代」
「何よ」
そのおしまが加代を奥に引っ張っていき、小声で喋る。
「あの子、無愛想ねぇ。「ありがとう」も言わないのよ。表情もあまりないし。あの子の親はいったいどんな育て方したのかしらね?」
加代はおしまの話を聞きながらおくみをじっと見ていた。
「おくみちゃん、せっかく江戸に来たんだもん。買い物ついでにあちこち案内してあげる」
まだお昼をちょっとしか過ぎていない今、加代はおくみを連れて外へ出た。
そしてどこに何が売ってる、どこに何がある、どんな季節にどんな事があるのかいろいろおしえた。
「おくみちゃん、今日はまたおしまが質屋の会合で夜遅くなるらしいのよ。だから今日の晩御飯はあたしたち二人だけなんだけど・・・何が食べたい?」
「・・・・・・・・・・・・」
「何でもいいのよ。食べたいものを言って。おくみちゃんのために腕をふるって作るから」
笑顔で言う加代。
「・・・・・・あたしのため?」
無表情で聞き返すおくみ。
「そうよ」
「・・・・・・・・・・・・何でもいい・・・」
「・・・ん〜・・・それじゃあ、あたしが何か考えて作ってあげるね。よし!じゃ行こう」
加代がおくみに手を差し出し、手を繋ごうとする。
おくみは少し戸惑いながら加代の手を握る。
『あったかい・・・・・・』
おくみにとってそれは初めての感覚だった。


夜になり加代が、作った食事をお膳に乗せて二人分を一つずつ持ってきた。
お膳の上にはご飯、里芋の煮ころがし、たまご焼き、漬物が乗っている。
食事の準備が出来、加代は自分のお膳の前に座って、その斜め向かいにおくみを座らせた。
「さ、おくみちゃん、食べよ」
「・・・・・・・・・・・・」
「おくみちゃん?」
「・・・・・・・・・・・・これ、あたしのために・・・?」
「そうよ。遠慮しないでどんどん食べて」
おくみはやっと手に箸を握り、里芋を一口食べてみる。
「・・・・・・おいしい・・・」
無表情なまま、しかし不思議な感覚にとらわれたような顔をしながら答えるおくみ。
「よかった!喜んでもらえたのね」
「・・・喜ぶ?・・・・・・もしかしてこれが“嬉しい”ってこと・・・?この、気持ちがはずむような感覚が・・・。
あたし・・・こんなことしてもらったの、初めて・・・」
「・・・おくみちゃん?」

「おねえさん・・・あたしね、ずっと一人だったの。
お父さんもお母さんもいつも仕事仕事でかまってくれなかった。
そしてお父さんとお母さんが死んで、見ず知らずの人に育てられて・・・誰もあたしなんか見てくれなかった・・・。「あたしのために」なんか誰も何もしてくれなかった。
最近まではそれが普通だと思ってたの・・・。でも・・・」
「・・・おくみちゃん。これからはあたしがあなたを見ていてあげるから・・・、安心して」
加代はおくみと向かい合い、おくみの両手を握る。
「ほんと・・・?ほんとにあたしを見ていてくれる?」
「本当よ」
「・・・・・・・・・・・・ありがとう」
少し笑顔になって言ったその言葉はおくみにとって、初めてなのか久しぶりなのかの言葉だった。
加代はおくみの笑顔を初めてみた気がした。


それから5日程たった夜。
前、元締の所に繋ぎに行った仕事のことで主水が上総屋に来ていた。
ちなみに加代は、左門や秀には細かい説明はすでに済ませた。
最終のまとめをしてもらうためと、まだはっきりしていないことがあり、主水に上総屋に来てもらっているのだ。
もちろん、おくみが寝てから・・・ということで来てもらったのだが・・・。
おくみが寝ている横で、彼女を寝かしつけた状態のまま監視役のおしままでぐーすか寝ていた。
おくみはふっと目が覚め、目をこすりながら厠へ行こうと起き上がる。
「・・・・・・ですね」
加代の声に、厠へ向かっているおくみが気づく。
「問題はそれだな」
「中津の奥方と家来はそれでいいけど、あとは一番の黒幕である中津主善の居場所ですね・・・」
おくみはその名前に聞き覚えがあるのか、ハッとする。
「よし!それじゃあ・・・・・・」
言葉の途中で戸に気配を感じたのか主水がキッとした目で戸を睨み、加代も気配を感じ、戸に視線が行く。
主水が刀を持って勢いよく戸を開ける。
それまで無表情だった顔に、少しビックリした顔をしたおくみが立っていた。
主水はそのまま刀を抜こうとする。
「待って!お願い、待って!八丁堀!!」
加代は焦って主水を止めようと、彼の羽織を掴む。
おくみがその間に、走ってその場を立ち去る。
「あ!おくみちゃん、待って!行っちゃだめ!!」
「加代!この間お前に「もしも知られることになったら・・・」と言ったはずだぞ!」
「それもそうだけど、それよりあの子が今の話を聞いた事の方が重大問題なのよ!」
加代はおくみを追いかけていく。
主水はおくみと加代が出て行った質屋の出入り口をじっと見ていた。
上総屋の周辺にはおくみの姿はすでになく、行った場所の検討が付かず、加代は彼女を探すしかなかった。
その頃おくみはどこか暗い道を走っていた。
『・・・加代おねえさん、あの噂に聞く“闇の殺し屋”の仲間だったんだ・・・。
中津主善・・・。その奥方・・・。あたし、加代おねえさんの役にも立ちたい・・・!恩返ししたい・・・!
そして、その二人に・・・・・・!』


加代はおくみの向かった場所に検討が付いたのか、上総屋から少し離れた所にあるお寺の近くに来ていた。
心配そうな顔をしていた加代の顔が一気に強ばる。
見たことのある着物を着てる人が倒れているのを見つけたのだ。急いで近寄って見てみるとやはりおくみだった。
「おくみちゃん!!」
抱き起こしてみるとおくみの背中から、手にぬるっとした感触のものが流れてきた。
「・・・・・・あ、おねえさん・・・。さっき言ってた人の居場所・・・わかったよ・・・・・・・・・・・・」
お寺を指差しながら小声で必死にそれを教えようとするおくみ。加代はおくみの口元に耳を近づける。
「・・・わかった。ありがとう。おくみちゃん・・・もう喋らない方がいいよ!」
首を振るおくみ。
「・・・おねえさん、里芋・・・おいしかった・・・。あたし・・・あの時自分の欲しいものがわかったよ・・・。みんなおねえさんのおかげ・・・」
「しっかりして!おくみちゃん!」
「おねえさんに会えてよかった・・・・・・。あれ?あたし、泣いてる・・・?・・・あたし・・・おねえさんと別れたくない・・・・・・。
・・・そっか・・・・・・これが“悲しい”・・・ってことなんだね・・・・・・・・・・・・・・・」
静かになるおくみ。
「おくみちゃん・・・!」
動かなくなったおくみを強く抱きしめる加代。
「加代」
物陰から主水が現れ、彼女を呼ぶ。
二人は近くの川辺に場所を移した。
「そろそろ喋ってもいいだろ?おくみって子のこと・・・。あの子は・・・今回の仕事のもう一人の頼み人じゃないのか?」
「・・・・・・やっぱり気づいてたんですね。直接の頼み人はそうですが、正確にはあの子の母親です」
「・・・母親?」
「そう。あの子の母親とあたしは幼なじみなんです。子供の頃以来会ってなかったんですけど、7年くらい前、久しぶりに出会ったんです・・・。
その頃から言ってました。「わたし、殺されるかもしれない・・・」と・・・。その1年後、あの子の両親は中津夫婦に殺されました。
あの子に初めて会って、あの子があたしと一緒にいたいと言い出した時、
あの子が今度の仕事の頼み人だということと幼なじみの子供かもしれないと気づいたんです」
「・・・それならあの子に聞けば、最後までわからなかった中津の居場所がすぐにわかったんじゃないのか?」
加代の表情が少し険しくなる。
「八丁堀、あの子を見たでしょ?あの子には表情がほとんどないの!「感情」というものを知らなかったのよ!?
それは中津たち夫婦にどんな育てられ方をしたかを物語ってるわ!あの子は愛情やふれあいを欲しがってた。そんな悲惨な子に中津のことなんか聞けないわよ・・・!
それに・・・あの子はなんとなく親の仇が自分を育てたあの夫婦じゃないかと気づいてたのよ。中津の名前なんか出したら、こうなるって予想がつくでしょ」
「・・・じゃあ、やっぱりあの子を殺したのも・・・・・・」
「・・・中津です」
真剣な顔をした加代がそう言葉を返す。そして言葉を続ける。
「・・・・・・あの子のおかげで、中津の居場所がわかりました。お願い!おくみちゃんの仇をとってあげて!」
「・・・よし。じゃあ、おめぇは秀と左門にそれを伝えてくれ」
うなずく加代。

そしてその日の夜、仕事人達が今回の的である中津夫婦と家来の一人を仕事にかけた。


2日後の昼、加代はおくみのお墓の前に来ていた。そこに主水が現れる。加代はそれに気づいていたが、振り向きもせず話しかけた。
「・・・・・・せめてこの子だけはあのまま育ててあげたかった。助けてあげたかった」
「・・・よせよ。俺たちゃそんな柄じゃねぇだろ」
「それはわかってるけど・・・・・・」
「どうだったい?母親になった気分は」
「・・・・・・もう今度のような思いはたくさんよ」
少し寂しげな顔をして、喋る加代。
「だから余計なことはするなってことなんだよ!
・・・・・・でもよ、おくみは自分の欲しいものがわかったんだし、おめぇに会ってそれを少しでも掴んだんだ。それだけでもいいんじゃねぇか」
1瞬間を置き、加代がクスッと笑う。
「あら?八丁堀からそんな言葉を聞くなんて珍しいわね」
「・・・・・・なんでい。思ったより元気じゃねぇか」
主水はちょっとムスッとする。
ますます笑い出す加代。
「あんたのおかげ・・・というか、いつまでも落ち込んでなんかいられないもの。ありがと、八丁堀」
その顔を笑顔で見る主水。
元気を取り戻した加代は、いつもの足取りでおくみのお墓をあとにしたのだった。



ノベルズ第10段です。
今回は1ST「仕事人」が舞台で、加代を主役におしまと主水に共演してもらいました。
今回も最後は辛い終わり方になってしまいましたが、今回は出来るだけ悲しい終わり方にしないように作ろうと思ってました。
しかし、物語を考えてるうちにこの結末しかちゃんと終われないなと感じてしまったんですね。
そして、今回のおくみというキャラは、「エヴァ」の綾波レイ、「アキハバラ電脳組」の大鳥居つばめをモデルにしてみましたw

何でも屋創作ノベルズへ戻る

inserted by FC2 system